蒸留所が爆撃で消え、一族も命を落とし、残ったのは一人だけ。
それでも新たな土地で、たった一本の樹から立て直したリキュール、ルクサルド マラスキーノを紹介します。
ルクサルド マラスキーノ
種別:リキュール / フルーツリキュール / マラスキーノ(イタリア)
原料:マラスカ種チェリー(果肉・葉・枝・核を含む)
アルコール度数:32%
価格:3,500円前後
ルクサルド マラスキーノとは
かつてイタリア領でザラと呼ばれた港町、現在のクロアチア・ザダルで生まれ、今はイタリアで製造されているチェリーのリキュール。
マラスカ種という、ダルマチア地方原産の酸味の強いチェリーを使っています。
チェリーのリキュールと言っても、飲んでみるとサクランボっぽい味は皆無です。
果肉だけでなく種もしっかり使っているので、種に含まれるベンズアルデヒドという成分の影響で、アーモンドのような香りが感じられます。
外国のお菓子にありそうな甘ったるい味の中に、青っぽいクセや苦味が感じられる、独特な味わい。
けっこう苦手な方が多いんじゃないかと思います。
しかしその一方で、カクテルの隠し味や風味を引き締める名脇役として、古くからバーテンダーに深く愛され続けています。
街を失って、それでも
1943年から1944年にかけて、第二次大戦末期。
連合軍の爆撃が、ザラの街を繰り返し襲いました。
ルクサルドの蒸留所も爆撃され、灰に消えました。
戦争が終わっても、平和はすぐには来ませんでした。
1944年12月、当時工場を所有していた兄弟のうちふたりが、裁判もないままユーゴスラビアの新政権下の治安機関に射殺されます。
その死から1年近く経った1945年、すでに亡くなっていたひとりに対して、今度は欠席のまま死刑判決が言い渡されました。
すでにこの世にいない者を、形だけ裁く。
そんな不可解な裁判でした。
生き残ったのは、当時の世代でただひとり、ジョルジョ・ルクサルドだけでした。
手元には、もう何も残っていませんでした。
けれどジョルジョには、一つだけ心当たりがありました。
戦前、フィレンツェ大学のモレッティーニ教授がザラを訪れ、マラスカの樹に興味を持って持ち帰っていたことがあったのです。
1947年、会社を再興しようと、ジョルジョは藁にもすがる思いでフィレンツェへ向かいます。
無事に教授とも、教授のもとで守られていた樹とも再会することができたジョルジョは、教授とともに、その樹からより良い性質のものを選び出し、「マラスカ・ルクサルド」として栽培をはじめました。
1947年、ヴェネチア近くのパドヴァ近郊トレッリアの丘に、新しい工場が建ちます。
マラスカの木も、ここに根を下ろしました。
今もルクサルドは、この品種のチェリーだけを使い続けています。
カクテルでお馴染み、もうひとつのマラスキーノ
カクテルでマラスキーノというと、このお酒自体よりも使用頻度が高い、馴染みの深いものがあります。
マラスキーノ・チェリーです。
もともとは、マラスキーノ酒に漬け込んだチェリーのことでした。
色は自然な暗い赤。
アメリカの禁酒法でアルコール漬けが禁じられると、それ以前からあった二酸化硫黄を溶かした溶液に漬ける保存法が一気に広まっていきます。
ただこの方法だと、チェリーは元の色も風味もすべて失い、真っ白になってしまいます。
そこで今度は、シロップと赤い着色料とアーモンドの香りを混ぜた液に、もう一度漬け直すようになりました。
中身は変わり果てたのに、名前だけはその名残で「マラスキーノ」を名乗り続けています。
禁酒法時代に苦肉の策で普及したものでしたが、あの鮮やかな蛍光レッドは「液体の宝石」とも言われるカクテルの世界では、むしろ長らく重宝されてきました。
ただ最近は、マンハッタンなどをつくるときにグリオッティンのようなしっかりしたチェリーを使う流れもあります。
あの駄菓子っぽい味も派手な色も、正直ちょっとチープな印象を与えてしまうのも事実です。
ちなみにルクサルドも、1905年から本物の黒いマラスキーノ・チェリーを作り続けています。
日本でもかなり高価ですが、最近入手できるようになりました。
ザラにはもっと古い造り手がいた
「マラスキーノの始祖」。
そんなふうに紹介されることの多いルクサルドですが、実はザラにはもっと古い造り手がいたと言われています。
フランチェスコ・ドリオリという商人が1759年に始めた蒸留所で、ルクサルドより60年以上早い。
ドリオリはマラスキーノを初めて産業規模で手がけ、今やマラスキーノのアイコンとなった輸送中に割れないための藁巻きボトルのアイデアも彼だったと言われています。
ルクサルドの創業は1821年。
今よりもずっと荒々しい飲み口だったマラスキーノを、洗練された味わいへ作り変えたのがルクサルドの創業者ジロラモでした。
1829年にはオーストリア皇帝から専用の製造特権を授かり、その地位を確立していきます。
現在はドリオリは廃業しており、今、マラスキーノの代名詞として残っているのは、生き延びたルクサルドの名前だけです。
この一本でつくる一杯
正直に言うと、クセの強いマラスキーノを主役にしたカクテルで「美味しい」と素直に思えるものは、自分の経験上そう多くはありません。
マラスキーノの真価はむしろ、隠し味として使ったときに出ます。
僕がよくやるのは、ダイキリにマラスキーノを2、3ml加えるアレンジ。
入ってることがわからない程度に使うと、ラムの風味を良く引き立ててくれます。
5ml入れると多いです。もうマラスキーノ味になっちゃう。
匙加減次第ですが、これはなかなかオススメです。
マラスキーノをしっかり使っていて美味しいと思える数少ないおすすめが「ラストワード」とその派生のカクテルたち。
ラストワードはジン・ライム・シャルトリューズ・ヴェール・マラスキーノを1:1:1:1で。
ただ最近はこのカクテルが流行りまくってるせいでシャルトリューズが世界的に品薄なので、つくりづらくなってしまいました。
実はルクサルド社が「デルサント」というシャルトリューズにそっくりなリキュールをつくっています。
日本にはまだ輸入されていませんが、これが流通したら代用品になるかもしれませんね。
主役を張らせるより、名脇役として使う。
それが、ルクサルドの一番良い使い方だと思います。
爆撃で消えた蒸留所の記憶は、もう瓶のどこにも残っていません。
けれど、藁にもすがって見つけ出した一本の樹は、いまもパドヴァの丘で実をつけ続けています。
主役に立つことは少なくても、今も多くのカクテルの中でこっそり活躍している。そんな縁の下の力持ちです。



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