酒を守るために、国会で演説した議員がいます。
酒が薄められていないか、火薬で検査までした男たちがいます。
挙句の果てに、海軍は酒のお葬式まで挙げました。
今回は、それだけの本気を向けられたラムのお話です。
パッサーズ ブリティッシュ・ネイビー・ラム
種別:ラム / イギリス系 / ガイアナ・トリニダード
アルコール度数:40%
価格:約3,600円前後
水兵のラム、士官のジン
始まりは1655年。
イギリス艦隊がカリブ海でスペインと戦い、ジャマイカを手に入れた頃、船上の水兵たちにラムが振る舞われたのがきっかけと言われています。
戦利品の島でとれる酒を、そのまま配る。
なんとも豪快な話ですが、これが以後300年続く「トット」と呼ばれる配給制度の原点になりました。
当時の船では真水がすぐ腐ってしまうため、お酒は嗜好品というより生活必需品。
やがて1日およそ半パイント(約280ml)ものラムが、毎日全水兵に支給されるようになります。
さすがにこれだと酔っぱらいすぎるので、途中からは水で割った「グロッグ」という形になり、徐々に支給量も減っていきました。
最終的には71mlまで減らされています。
この配給を取り仕切っていたのが、パーサー(Purser)と呼ばれる補給係。
その訛りが「パッサー(Pusser)」、これがこのラムの名前の由来です。
ライミーという蔑称
長期間の海上での生活でビタミンが不足し、船乗りがかかる壊血病の予防に、柑橘果汁を混ぜるようになったのも有名な話です。
実は試験航行までして効果を証明したのはレモンでした。
ところが1860年代からライムに切り替わり、レモンよりビタミンが少ないうえ、当時の保存技術ではその少ないビタミンすらほとんど失われてしまっていたそうです。
それでも蒸気船の登場で航海が短くなり、壊血病自体が珍しくなっていたおかげで、この切り替えの失敗に何十年も誰も気づかなかったといいます。
律儀にライムを飲み続け、「ライミー」という蔑称で呼ばれるようにまでなってしまうイギリス水兵ですが、後に当時の保管法では壊血病への効果がほぼ無いと証明されるという悲しいオチがついています。
ちなみに士官たちが飲んでいたのはラムではなくジン。
その話は28杯目のプリマス・ジンで書きました。
今回はその相方、水兵側の物語です。
薄めてないだろうな?
戦艦に積まれるラムの度数は重要でした。
事故で万が一火薬にラムがかかっても、着火できる必要があったからと言われています。
海軍士官はラムに火薬を混ぜて度数を確かめました。
火薬が着火すれば「proof(合格)」と判断されたのです。
これが「ガンパウダープルーフ」という名前の由来です。
プリマス・ジンの回で触れたネイビーストレングスと同じ理屈ですね。
このガンパウダーテストは、ラムを配られた水兵たちの間でも行われていたと言われています。
水兵たちの一日のハイライトにあたるラムの支給に、不正に水増しされるようなことがあってはなりません。
水兵に配られるラムを火薬に浸して火をつける。
燃えれば本物、燃えなきゃ水増し。
もし火が点かなければ、パーサーは海に投げ出されていたかもしれません。
酒のことになると、人はすごい執念です。
ただしこれは民間伝承のようなもので、どこまで本当かは怪しいところがあります。
当時すでに比重計はありましたし、下級水兵に配られるのは事前に水を足したグロッグ。
300年語り継がれるうちに、都合よく磨かれた伝説なのかもしれません。
ちなみにパッサーズには、オリジナルのほかに、この逸話にちなんだ「ガンパウダープルーフ」という度数54.5%のボトルもあります。
伝承が本当かどうかはさておき、こちらは当時実際に支給されていた配給ラムに近い度数だそうです。
国会で酒を守る
そんなトット制度に、終わりの時が来ます。
1969年12月、イギリス国防省は「1970年7月31日をもってラム配給を終了する」という通達を出しました。
理由はこうです。
no longer compatible with the high standards of efficiency required
(求められる高い効率水準と、もはや両立しない)
酔っぱらいはけしからん、という道徳の話ではありません。
レーダー、ミサイル、精密機器。
近代化した軍艦では、ボタンひとつの操作に人命がかかっている。
そこに毎日の飲酒習慣はさすがにまずい、という身も蓋もないド正論でした。
これに黙っていなかったのが、伝統を守りたい側です。
1970年1月、イギリス議会では「グレート・ラム・ディベート」と呼ばれる討論が行われました。
水兵経験者の議員はこう訴えました。
「荒れ狂う海の中、戦闘前には食事の合図が出される。もしラムが飲めれば、飯が食える。飯が食えれば、より大きな力と決意を持って、迫りくる任務に立ち向かえるのだ!」
酒の配給ひとつのために、国会がここまで本気になった。
しかし、精密機器を前にした正論には勝てませんでした。
300年続いた伝統の終了が、正式に決まります。
黒い腕章の日
1970年7月31日。
最後のトットが配られたこの日、イギリス海軍の艦上では奇妙な光景が広がっていたと言われています。
黒い腕章を巻いた水兵たち。
棺を担いだ葬列。
空になったラム樽と一緒に、棺を海に流す艦まであったそうです。
亡くなったのは人ではありません。
ラムの配給です。
それでも水兵たちにとっては、本物の葬式でした。
この日は今でも「ブラック・トット・デー」と呼ばれ、ラム好きの間で語り継がれています。
拾った男
国が終わらせた伝統を、拾った男がいます。
アメリカを拠点に活動した実業家、チャールズ・トバイアス。
彼は海軍側と交渉を重ね、当時の配給ラムのブレンドレシピの権利を取得。
1979年、「パッサーズ」の名を冠した市販ボトルとして復活させました。
売上の一部は今もイギリス海軍の水兵基金に寄付されていると言われています。
国に捨てられて9年、一人の男の手で酒屋の棚に帰ってきた。
このラムの経歴は、なかなかドラマチックです。
ちなみにガイアナとトリニダードの5つの蒸留器の原酒をブレンド。
なかでもガイアナの木製ポットスチルでつくられるポートモラント原酒が、この骨太な味の土台になっています。
パッサーズラムの味わい
オリジナル(40%)のストレート
甘さはしっかりあるものの、キツすぎるわけでもなく飲みやすい。タバコのような焦がした香りが印象的。
ちょっと薄く感じて物足りなさがあるかもしれません。
ガンパウダープルーフ(54.5%)のストレート
しっかり骨太で、ガツンとくる味わい。
余韻はやや短いものの、喉奥に来る重厚なアルコールの飲みごたえがたまらない。
バランスがとてもよく、完成度の高いラム。
オリジナルより断然おいしいです。
確かに、これを勝手に薄められていたら、水兵たちが怒るのも分かる気がします。
グロッグにしてみる
当時配給されていたラムはガンパウダープルーフと同じ54.5度。
これを1:2に薄めて飲んでいたと語られています。
なのでガンパウダープルーフはシンプルに1:2。
対してオリジナルは40度。
おそらく元は54.5度以上ある原酒を、40度ちょうどになるまで加水しているものです。
54.5度を1:2で薄めたのと同じ濃さにするには、40度のオリジナルに、1:1.2の割合で水を足せば計算上は同じ加水量と度数になります。
氷は入れません。艦上のことなので、製氷機も無いはずです。
オリジナル(1:1.2)のグロッグ
しっかり風味があります。
アルコール感や力強いラムのコシも程よく残っていて美味しいし、飲みやすくなった分何杯でも行けそうな味です。
ガンパウダープルーフ(1:2)のグロッグ
こちらの方が濃く感じます。
ピリッとしたアルコールの喉越しがしっかり残っていて、力強いラムの骨格や風味が失われていません。
オリジナルを無理やり薄めて再現した1:1.2のグロッグと、本家54.5%を素直に1:2で割ったグロッグ。
数字の上では同じ濃さのはずですが、飲み比べると、やはりガンパウダーの方が力強く旨味がありました。
それにしてもこうやって計算してみて、実際に飲んでみると思いますがグロッグって全然薄くない。
ほぼトワイスアップです。
グロッグはそもそも、酔わせすぎを防ぐために生まれた飲み方のはず。
でも飲みやすい分、かえってすいすい杯が進んでしまう気もします。
薄めて深酒を防げたのか、薄めたから深酒しすぎてしまったのか。
案外、後者だったのかもしれません。
ちなみに、ぐったり酔いつぶれた状態を指す「グロッキー」、語源はこのグロッグだと言われています。
火薬で検査して、国会で演説して、最後は棺で見送る。
300年分の本気が、甲板からバーカウンターへ。
今では誰でも、船乗り気分を味わえます。



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